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みんな大好き愛しのバリ!「バリ百科事典」
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ここではバリ島の祭り13項目を紹介します。

1:バリ島の祭り

 バリ島の人々の宗教の大多数は、アガマ・ヒンズー・ダルマと呼ばれる独自のヒンズー教です。およそ、バ リ島の人口の15%は回教徒で、また少数ながら土着の仏教徒やキリスト教徒も存在しています。バリヒン ズーは、土着信仰、インドの仏教そしてシバ教の複合宗教です。また、アガマ・ヒンズー・ダルマは、今日の 宗教の合理化によって名前が付けられたもので、源はアガマ・ティルタ(水の宗教)、またはアガマ・シワブ ダと呼ばれ、古代ジャワから来たものでシバ教と仏教の混合宗教と考えられています。そして、土着宗教  は自然原子と祖先を奉る新興宗教のように考えられます。自然は「力」を意味し、それぞれの原子は「魂」を 意味します。また別のアミニズム(精霊崇拝)の局面として、人々が死んだときの死の儀式は死者を山の上 にある「家に送る」とか「国に送る」ということを意味します。山は、清浄の極(カジャ)とされ、海は万浄の極(クロツ)とみなされています。この考えは儀式や建築物、生活の中にも取りいれられています。また、祖先と神々は定期的に日常生活の中に迎えられています。多くのバリの儀式は、神々や祖先を天よりお呼び出してお迎えしているものです。神々は寺院の祭りや舞踊の最中に、お供えをあげる時に降りてくると考えられています。

バリ島ではサカ暦による新年の前日(大晦日)、島中のバリヒンドゥー教の人々は特別な儀式を行 います。この儀式は目に見えない霊に祈りを捧げるものです。 夜になると人々は長い行列をつくり儀式を行います。これは全ての悪魔・悪霊・汚れた魂を追い払い、 世界の平和を守ることを目的としています。ドラが 鳴り響き、トーチを持って、大声で叫ぶ人・人・人で いっぱいになります。そして いよいよ悪魔に対する終わりのない戦いが宣言されるのです。
オゴオゴ<巨大な鬼>として表現されている悪魔を表したの人形は、何十本もの竹の上に乗せられ、 男たちに担がれ町を練り歩きます。その周りではドラを鳴り響かせ悪魔・悪霊が隠れないように、 騒ぎ立てます。またこの音色は男たちの志気を一層高めるのです。この夜は、熱気と興奮が満ちあふれており、人間が表現し得るあらゆる種類の騒音が響きわたります。行列はだいたい夕方6時頃に始まり、12時まで続きます。「オゴオゴの人形」はそれぞれの集会所で1ヶ月から2ヶ月かけて村の男たちが竹・木・絵の具・布・紙などを使用して全て手作業で行います。この材料費は村人の寄付でまかなっています。近年は電球を利用したり、キャラクター物も登場しています。


3:オダラン

バリ・ヒンズー寺院の創設記念祭をオダランといいます。この日に神様が降りてくると言われています。
210日でひとサイクルとするクウ暦をもとに、210日に1度行われます。バリではいつもどこかしらで祭りをみることが出来るというのはこのオダランが多いからです。


4:カジェン クリオン(Kajeng Kliwon)    
 
カジェン クリオンは15日ごとにおとずれます。この日には悪霊が私たちの生活を妨げることがないよう願いお供えをします。バリヒンズー教の人にとってこの日は、ブラックマジックが力を発揮する日として恐れられ、夜の外出は控えられます。ブラックマジックとは、悪の力により猿や霊に変身して人々を震えあがらすようないたずらなどをいいます。あまりいい日ではないようですね。


5:ガベン(Ngaben)  

ガベンという言葉は、アブ、すなわち(灰)に由来しています。バリ島は信仰深く、毎日どこかで祭りがありますが、火葬式はそのなかでも、生涯で一番大切な儀式とされていて資金もかかります。資金が十分でない時に、まず死体を埋めて資金が出来次第掘り起こし火葬されます。一般的には、村ごとに集め良い日を選んで、共同で一斉に行われます。式の準備は何週間も前から行われ、家族はもちろん村人総出で手伝われ、それぞれの割り当てに専念します。死体を入れ運ぶ為の雄牛の形をした4フィートほどの人形(ランブー)が皆の手でつくられます。これは死と破壊・魂の再生の神(シワ)の乗り物とされ、最も高い地位を表しています。これは家族の安全と永久の食物、衣類、および住居を表します。火葬の直前にこのランブーに死体が移されまさす。ランブーの形は様々で、一番上の階級は雄牛の形ですが、階級が下がる毎に獅子・象・鹿や幻想動物の形が使われます。寺院にあるメール(小さな屋根の連続層で組み込まれた塔)は聖なるアグン山を表し、11層が最高で、もっとも天国に近いと考えられています。そのことにあやかってランブーに入れる前はメールのある御神輿に乗せられ運ばれます。地位の高い人々(僧侶  または王様の家族)は11層のメールに祭ることができますが、一般の人々は5から7層とされています。遺体が火葬場に着くと、僧侶が聖水をかけ、経文を唱え火が点  けられます。火葬式は魂が神ものとへ帰ることの出来る喜ばしいイベントです。涙は成仏を妨げるとされます。死体は村の男達に担がれ、ぐるぐる回りながら運ばれます。これは行き先と心を混乱させることで、その魂が元の家を探しまわれない様にする為といわれます。もう一つの説に、生前に行いが良いか、周りの人々に好かれた人は真っ直ぐに墓まで行けるが、そうでない人はなかなか墓へたどりつかないそうです。墓に着くとその場所を3回反時計回りにまわり、儀式に必要な全てのものを降ろし、特別な神聖なるナイフをお棺の後ろに置き、次に体が運ばれ供物とアクセサリーも入れられます。そして、この日の為に用意された何枚もの白い布で体を覆います。聖職者と家族の長が聖水を注ぎ、用意が整うと点火します。残った灰は白い布に包まれ、小さな椰子の実に納められ、海に運ばれ、海に帰します。魂が神の元へ帰る日です。バリのセレモニーは大変盛大でドラマティックですが、特に葬式は大切な儀式とされています。バリでは、人間の体は汚れたもので仮の姿でしかなく、重要なのは魂とそれを地球に固定することだと。人が死んだ時に、気力・思考・集中力は天国へ向かいます。人の体は宇宙の中の小宇宙であり、5つの要素(水・火・地・空・空間)より ります。その本質が海に解き放たれる時です。火葬の12日後に、最後の式典が行われます。魂が神の元へ送られる日です。


6:ガロガン・クニガン(Galungan・Kuningan)  

ガロガンは210日ごとに行われるバリヒンズーのお祭りです。この日をバリの人々は善の神様(Dharma/ダルマ)が、悪(Adharma/アダルマ)に勝ったことを祝う凱旋式とされています。そして人々に繁栄をもたらしていただいたこを神に感謝するのです。ガロガンはバリカレンダーの"Keliwon(クリオン)"の日にあたり必ず水曜にあたります。この日には「ペンジョール」と呼ばれる竹で作ったポールを立て(ペンジョールは聖なる山アグン山を表します)祭ります。伝説のひとつに、Batara Indra(バダラ インドラ)王が、Sri Aji Danawa(マヤダ ナワ)王を倒したことを祝ったものと言われています。マヤダ ナワ王は大変残酷な独裁主義者であり、彼は神を崇拝することを禁じ自分を神として崇拝することを強制し、法を破った者には厳しい罰があたえられました。この悪事をやめさせるために、神はバダラ インドラを送りました。戦いの最後にバダラ インドラ王の勝利が見えた時、マヤダナワ王はタンパクシリンへと逃亡し、そこで王は湧き水に毒を混ぜ多くの人々を殺してしまいました。その惨事を知ったバダラ インドラ王は彼の持っていた矢を地面に射ると、そこからなんと湧き水が出、倒れた村人の口へと注ぐとみんな生き返ったそうです。現在、この場所タンパクシリンは「聖なる湧き水の寺院」として、傷やあらゆる病気を癒すと信じられています。このガロガンには、神や祖先が人間界に降臨されるとされ、クニガンは神や祖先が天界へ戻られることを祝う日とされています。日本でお祝いの日に赤飯を用意するように、バリではお供えの米は黄色く着色されます。

7:サラスワティ(Saraswati)  

サラスワティの日は、バリヒンズー教の人々にとっては、神々の恩地によって科学・学問が人間に与えられたことを、改めて気づかせていただく日です。この日には、昔から伝わる様式にしたがって供物をつくり、また書籍などを持ってお寺へお供えに参ります。そして人々は、神々への安全・健康・知恵・勉学を人間に与えていただいたことを感謝し、祈りを捧げます。この儀式はバリカレンダーによる"Sasih(サシ)"、  "Pawukuan(パクアン)"の日にあたります。(210日ごとに行われます)サラスワティの3日後を"Pagerwesi(パガルワェシ)"といい、サラスワティの日からこの日までセレモニーをおこないます。神々に安心していただくために、そして平和な世界が続くことを願って・・。各学校では、子供も教師も正装で集まり、あらゆる書物を祭壇に積み清めます。正式にはサラスワティのその日には、書物を開いてはいけないということです。サラスワティの神は。白い蓮の花の中で白鳥に乗り、4本の手を持つ大変美しい女神として表されています。女神の手にはロンタールの葉、レバブ(楽器)、鎖、そして蓮の花をお持ちになっています。ロンタールの葉(椰子の木の一種で、その昔はこの葉に文字を書いてお祈りの際に経典や書籍としいて使われていました。)は、知恵・勉学を、鎖は終わりのなく永久に知  恵を求める心を、レバブ(楽器)は文化・伝統・芸術の発展を意味しています。蓮の花は神聖なことを意味し、白鳥は善と悪を見分けることができるとされています。女神は自分に知識・知恵が欲しいと切望し、それを生涯追い続ける人間の姿をあらわしているといわれます。人間の生活・人生を通して、科学・勉学・知恵は人間が生きていく中での困難を軽くし、身に付いた知恵・知識は無くなることなく、まるで川の流れのように絶え間なく人間を潤すでしょう。サラスワティーの次の日には、川や海で体を洗い、同時に頭の中も清め、昨日祭った書籍を元の場所に戻します。


8:シワラットリー(Siwa ratri)  

バリ逆暦の7ヶ月14日目、新月の夜のこと・・・。
ルブダカというハンターが、森の中でいつものように狩りをしていましたが、その日に 限って獲物が自分の前を通り過ぎるのになかなか獲れず、追いかけていくうちに森の奥 へ入り込んでしまいました。そこで湖を見つけた彼は、体を洗い休んでいました。  
ふと気がついた時には周りは暗闇に包まれ、元来た道が分からなくなってしまいました。 すぐ近くには、動物達の吠える声が聞こえます。今や、動物を殺していた自分が逆の立 場になったのです。  
恐ろしくなり、ルブダカは高い木を探しよじ登り、できるだけ枝のほうに行き、まんじ りともせずにその夜を過ごしました。もし、眠ってしまえば枝から落ち、動物に襲われるのは目に見えています。そこで木の葉を(Bilwa)を一枚一枚とりながら自分の眠気と戦いました。また、何も口にしていない彼はふと考えました。「自分はこれまで自分の生きることだけを考えて多くの動物を殺してきた。その動物たちは今日の自分の気持ちと同じに違いない。これからはむやみに殺すことなく生きていこう。」と。  
その日から彼は自分の糧となる食料のこと、隣人の人々、村人のことも考えながら仲良 く暮らしたそうです。そして、年老いてこの世を去ったあと、地獄の大魔王が彼を裁判にかけ、彼は生前に多くの生き物を殺したことから地獄行きが決まりました。その時、魂の神、シワが彼は7ヶ月14日目の新月の夜に森で一睡もせず過ごし、自らを大 反省して生まれ変わったことを大魔王に話し、天国行きとなりました。  
このことからバリの人々は実際にこの体験をします。その日の夕方から何も食べず一睡 もせず静かに祈り、反省します。


9:トゥンプック ワヤン(Tumpek Wayang)  

''Wayang(ワヤン)''は影絵芝居を意味し、水牛の皮を細かく透かして彫りにしたワヤン(人形)は、それを操るダラン(語り手)によって息を吹き込まれます。ダランは、全ての役をひとりで台詞や声を変えながら人形を操ります。主にインドの叙事詩に風刺を混ぜたもので、演台の裏には楽団がおり奏でます。この人形自体が魔力を持つといわれ、さらにランプの炎が雰囲気をかもし出します。"TUMPEK WAYANG"は、影絵芝居に使われる人形を清める日です。このセレモニーはバリカレンダーにより210日ごとに行われます。(バリカレンダーでは1ヶ月は35日で、6ヶ月で210日です)''Tumpek''とは月曜日にあたり  ''Kliwon''とも呼ばれます。誕生日がこの日にあたる場合には、生後三ヶ月のお祭り時に影絵芝居を見にいきます。これはこれから成長していく間に悪い霊に邪魔されないことを願ったものです。


10:ハリラヤ ニュッピ(Hari raya nyepi)  

ニュッピの3日前ごろから、ヒンズー教は海や川で心と体を清めます。ニュッピの1日前には、Mecaruという生け贄の儀式があります。これは、夕方に家から悪霊を追い出のに、悪霊が怒らない様に捧げるお供えです。この日に、翌日の分の食事もつくってしまいます。夕方には各村でとント!トン!トン!という音を合図(あらゆる金物を叩いて音をだします)に、家のあちこちに米をまき悪霊を追い出します。夜になると、バリ中の村でオゴオゴ祭りの行列がつくられます。恐ろしい鬼のような大きな人形を、村の男達が担ぎ練り歩くのです。これは夕方に追い出した悪霊達をこの人形に集め、そのまま海へ流してしまうためのものです。人形とともにガメランの楽団も練り歩きます。この華やかさが済むと、バリヒンズーの皆は静かに家で瞑想をして新年を迎えます。ニュッピはバリのお正月にあたります。ニュッピはバリ語で「静かな」という意味があります。お祭りといってもこの日は一年で一番静かな日となります。ニュッピは、ヒンズー教の暦逆暦の毎年9番目にあたる月の新月の翌日と決まっています。西暦では3月または4月にあたり、この日に一日中断食をします。この日にしてはいけないことは、次の通りです。これは悪魔を追い出した後の、新たな自分達の心と家に、大きくはバリ島に善を迎え入れるための準備です。
――明かりをつけてはいけない。  
――日常的な娯楽の禁止。  
――外出禁止。  
――物音をたててはいけない。  
ニュッピの次の日は、全ての緊張から解かれ、神より新たな明かりが与えられる日です。親戚の家やお寺に出かけ、今日を迎えられたことを感謝します。この行動の原理にはヒンズー教の3つの考えがあります。それは人間界の次の3つの関係より成り立っているということです。  
1.人間と神様 1.人間と人間 1.人間と自然(生あるものすべて)神様、自然に感謝すること、友達や家族を見舞うことなどこの3つの関係を新たに始め大切さの再確認を意味しています。


11:バントゥン サイバン(Banten saiban)  

Bantenは、バリのヒンズー教にとって欠かすことの出来ない行いです。この毎日の行いは、Yadnya Sesaと呼ばれ、葉でつくった小さなプレートに米・塩・スパイス・添え料理をのせたお供えものです。この毎日のお供えは人間の過ちへの許しと償いを神にこう行いと言われています。動物を殺す場所や、料理をする台所などに置かれます。Yadnya Sesaの前にYadnyaを行います。これは各家の寺、ドアの前、祖先の寺に供えます。神とあらゆるものへの愛と、動植物の再生を願ったものです。お供えの後に残りを調理しいただき、過ちの埋め合わせとなるのです。

12:マービヤカラー(Mebiya kala)  

マービヤカラーは、毎日のお供え物を指しますが、特に結婚式に結婚する新郎の家族がつくるお供えをマービヤカラーといいます。家庭円満、この先のお祭りもスムースに行くようにという願いを込めて行われます。
まだまだ子供で意地悪をしたり、あちらこちらで恋をしたりするので、未婚の人は汚れたものとされているようです。結婚をし、子供をもちはじめて汚れがとれたといえるのだそうです。


13:プルナマ & ティレム (満月 ・ 新月)(Purunama・tirem)  

プルナマは満月、ティレムは新月を意味し、どちらも一ヶ月に一度おとずれます。  
バリ島では、月の女神にことをデウィ・ラティと呼び、満月の日に海でマンディ (沐浴)をすると、デウィ・ラティのように美しくなれるという言い伝えがあります。この日は神々が瞑想にふける日とされ、いつものようにお供えが祭られます。プルナマが近いと海が荒れるといわれています。また、プルナマ夜は月の光で他の星が見えないくらい明るい光を放ちます。この満月の日は必ず縁起がいい日とされていますが  例外はPASAHの満月です。(4月.5月.10月.11月) 多くのバリ人が満月の夜はお祈りをします。


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